華原朋美43歳の若すぎる見た目からは想像できない壮絶な人生で絶句…


Instagramで年齢に見合わない若さと可愛さが話題になっている華原さんですが、それまで歩んできた人生が壮絶すぎて言葉を失ってしまいます。

必見です!!


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若過ぎる姿が話題

43歳の華原朋美さんのお姿がこちら。


若い!!

「可愛い」というコメントが多いのですが「髪が暗いと幼く見える」とのコメントもあり、確かに幼さも相まって若く見えるのかもしれません。

ちなみに、1994年、20歳くらいに撮った若かりし頃のグラビア写真もInstagramに投稿しています。

まさに美少女ですね!
男性はほっておかないでしょう!

華原さんは3歳の頃から乗馬を始めていて、2017年9月に愛馬キャリーズサンと共に全日本大会に出場していますが…意味深なコメントを残しています。

「キャリーは私の人生を変えてくれました。それは今まで歌手華原朋美だった私にもう一つの夢と目標を与えてくれました。」

「私は不器用でうまくいかない事ばかりの人生を送ってきたかもしれないけどそんなの関係ない。今の私にとってキャリーズサンとクラシックが生きがいです。」

ここまで話す華原さんの人生はまさに波乱万丈と呼ぶものでした。

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アイドル時代

1992年、乗馬の国体で4位になるも、渋谷の吉野家でスカウトされたことが切っ掛けで芸能界入りします。

デビュー当初は事務所の方針で様々な芸名を名乗っていましたが、主に「三浦 彩香」(みうら あやか)としてバラエティ番組のレギュラーアシスタント、ファッション誌「CanCam」などのモデル、雑誌のグラビアと幅広く活躍します。


出典:まるニュース

その後、1994年4月からは「遠峯ありさ」(とおみねありさ)という芸名で、深夜の情報番組やグラビアでアイドルとして活動、露出も増えていきました。

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小室哲哉との運命的な出会い

華原さんが1994年10月から出演していたバラエティ番組を観ていた小室哲哉の目に止まります

その後、番組プロデューサーを介して2人は出会い、しばらくして交際が始まりました。


出典:ニュース速報!

出会って間もないころに2人はカラオケに行き、華原さんがTRFの歌を歌った時に小室さんは「涙腺を刺激する歌声」と感嘆して、歌手デビューが決まったそうです。

デビュー直前に2人の関係をフライデーされた際に「アーティストに手をつけたのではなく、プライベートの恋人に曲を書いてデビューさせただけです。」と話しています。

まるでドラマの世界のようにロマンチックな話ですね!

そして、1995年6月に小室さんの事務所へ移籍、芸名も現在と同じ「華原朋美」として歌手活動を開始しました。

それからは怒涛の活躍で、ミリオンヒット、紅白出場と順風満帆な日々を過ごします。

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破局、ガス事故、薬物依存…ドン底へ

しかし、そんな順風満帆な日々は続きませんでした。

徐々に曲が売れなくなり、1998年12月に小室さんと破局

1999年に入りメディアから姿を消し、1月に自宅でガス中毒を起こして救急車で搬送され何とか一命を取り留めました。

小室さんに新恋人の報道があった直後でした。


出典:NAVERまとめ

同年5月に事務所をプロダクション尾木に移籍して復帰会見を行うも、すぐに貧血で倒れて入院

入院直後の写真はまるで生気を感じられませんね…

2013年放送の24時間テレビにて、VTR出演した華原さんの兄である下河原忠道さんが当時の華原さんは精神的に不安定で薬物依存になっていたと話しています。

「フラフラ下着一枚で道路出て行ってしまうこともありました。ラムネを食べるようにボリボリと(薬物を)服用してしまう」
出典:JCASTニュース

芸能活動を続けるも2007年に事務所を解雇。

それからは壮絶な日々を過ごします。

解雇されてからは…

そこから忠道さん兄弟らは、「本気でどうやって薬を抜くか」を考え、閉鎖病棟への隔離を決意。

入院しても退院直後に薬物をまた飲んでしまい、これを2、3回は繰り返したという。
出典:JCASTニュース

また、当時の様子を華原さんはこう話しています。

「過去の私はボロボロだった」

「薬を抜くために病院にしか置いておけない状況。思い出すと今でもゾッとしますね」
出典:シネマトゥデイ

そんな状態の華原さんが復帰する転機になったのは疎遠になっていた父親の存在でした。

フィリピン在住の父親から「頑張っていきたいと思うなら、お父さんのところにおいで」というメッセージを受けて、フィリピンへ渡り父親のボランティア活動を手伝うようになりました。


出典:NAVERまとめ

すると、徐々に薬が抜けていき改善に向かいました。

そして、再び歌を歌いたいと思うようになり、解雇された事務所へ1人で歌った声を録音したCDを送り続け、2012年に復帰しました。

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そして現在…

復帰後は、2012年に「FNS歌謡祭」出演、2013年にはユニバーサルミュージックと再契約しシングル発売、ラジオ番組スタート、再び小室哲哉さんとの共演、2104年には自身初のカバーアルバムがオリコン初登場10位になるなど活動を見せます。

また、2105年には小室哲哉とタッグを組んで生まれたシングル「はじまりのうたが聴こえる」が話題になりました。


出典:ガールズちゃんねる

2013年に再び共演して以来、小室さんと仕事仲間として関係があり、20周年の節目としてシングルの曲を華原さんがオファーをして実現。

オファーをした理由などを以下のように話しています。

華原は「歌手・華原朋美の原点をもう一度大事にしたいと思った」と理由を明かし、「今の自分があるのは、これまでの自分があったから…。

小室さんのメロディーを聴いたとき、心からそう思いました」と感謝。
出典:産経ニュース

こんな人生を送ってきた人は中々いないでしょう。

ミュージシャンとは様々な歌を歌うために数奇な運命をたどるのかもしれませんね。

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